2016-06-18

お花はキモチワルイモノだった幼少期

考えるな、感じろ!運命の導き

さて、今日から私と花との歴史をお話ししていきたいと思います。

私が今こうして花についてのコトを発信したり、レッスンなどして花=仕事になっているのは、
「不思議な運命の力に導かれたから」
もう、そのひと言です。

その時その時、目の前にポンッと課題が置かれて、それを全力でクリアし続けたら、気づいたらここに運ばれていた!そんな感じです。

 

実は私は子供の頃から、花というものがすごーく苦手でした。だから、自分から進んで、「花の仕事をしよう」なんて考えたこともありませんでした。

でも、今になってふり返ると、人生にたくさんの伏線が張られていて、1つ1つの選択が偶然ではなく、必然だったことを実感します

 

私はOL時代から20年以上”自分探し”をして、やっとやるべきコトが見つかりました。

その人の 『運命』や『使命』みたいなものは、きちんとタイミングが来たら気づけるように神様が超絶に巧妙な台本を用意していて、私たちは泣いたり悩んだりしながら、そのシナリオの上で踊らされているだけなのかもしれないなぁ…今はそんな風に思います。

 

何度も運命の選択をし続けていると、「これは絶対に受け取らないといけないヤツ!」と、どんどん鼻が効くようになっていくんですよね。

 

コツは、考えるな、感じろ!です。

 

今、一生懸命『自分が本当に生きる道』を探している方や、もっと深く花と交流できるようになりたいという方に何か受け取ってもらえるものがあったら…と。

探しているものがなかなか見つからずに、全力で迷走していた頃の、私と花の小さな物語を何話かに分けてお届けします。

 

ヒントは幼少期にある

では、花が嫌いだった私が、『お花の世界』に誘われるきっかけになった「ある導き」についてのお話をしていきましょう。

 

先ほども書きましたが、私は子供の頃から、花というものがすごーく苦手でした。

なんていうんでしょう‥なんだか生々し過ぎて、生き物イキモノしている感じが気持ち悪くて‥

子供の頃は、部屋の中に花があるだけで、もう落ちつかなくて落ち着かなくて。食卓に花が飾られた日には、ご飯がまったく食べられなくなりました。

 

例えて言えば‥

ガラスケースに入れられた、テカテカ光る蛙をテーブルに置かれて、その前でお刺身を食べさせられているような感覚‥とでも言ったらいいでしょうか。

嫌ですよね?蛙見ながら、生モノ食べるのって‥(伝わるでしょうか、この例え。笑)

 

それくらい、花というのはキモチワルイモノだったんです。

 

特に苦手なのは、ユリの花でした。

花粉が‥ダメで。あの、咲いたばかりの時の「これでもか!」な香りと恐ろしいほどの粉っぷり!!

見ただけで、背筋にサーっと変な感覚がして、卒倒しそうになるのを必死で我慢したものです。

 

(ユリは花の中でもトップクラスにパワーが強く、浄化の力を持つ、霊性の高い花です。今となっては、どうして子供の私が嫌悪感に包まれたのか、理由もわかるのですが…またそれは別の機会にお話しします^^)

 

子供の頃の花と私との関係は、そんな風に、みんなのように「キレイね~」とは単純に感じられない、少し屈折したものでした。

それが”嫌悪感”でもなんでも、何かに「強く反応していた」ということです。

無意識の領域で、花の与えてくれるエネルギーを敏感に察知する感覚が、開いていたのかもしれないですね。

 

花への苦手意識は、大人になってもそのままずっと続きました。

素敵な花束をいただいても、部屋に置きたくないので、贈ってくれた相手の気持ちだけはちゃんと受け取りつつ、後でこっそり友達に引き取ってもらったり。

 

そんな花との関係が大きく変わったのは、20代の後半。

人生の全てが上手くいかなくて、ぐるぐるに絡まった毛糸玉みたいになって地面に転がっていた頃でした。

 

…なぜか、間違えて、1mmの興味もなかった『華道』を習うことになるのです。

そこから私は運命の大波に、ざぶんざぶんと流されていきます。

 

次回に続きます。→花と私の物語2

 

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